当センターで実施している基礎研究について

1)がんの低酸素環境がホウ素中性子捕捉療法に与える影響の解明

 がんが大きくなるとその中に酸素が足りなくなる低酸素領域が現れます。このときがんは環境に合わせて様々な変化を遂げます。この変化にもとづいて一般的な抗がん治療が効かなくなってしまいます。ホウ素中性子捕捉療法ではホウ素製剤がいかに取り込まれるかが重要ですが、この酸素環境の変化にもとづいてホウ素製剤が取り込まれなくなる現象が確認されました。またこの環境の変化による遺伝子の発現変化をコントロールするHypoxia inducible factor-1というタンパク質の働きを阻害すると、このホウ素製剤の取り込み減少が改善されることも分かってきました。この研究をもとに、ホウ素中性子捕捉療法の効果を高める新しい糸口が開けようとしています。
 私たちの低酸素環境研究のノウハウをもとにして、弘前大学放射線腫瘍学講座との共同研究として、放射線治療での低酸素標的抗がん剤と低酸素PET/CTの技術を用いた臨床研究へ向けた検討を実施しています。

2)ホウ素センサーを用いた血液ホウ素濃度測定法の開発(大阪府立大との共同研究)

 ホウ素製剤BPA上のホウ素と特異的に結合すると、蛍光で見えに見えるようになる薬剤を用いて、血液中のホウ素濃度を測定する方法を開発しています。現在臨床において血液ホウ素濃度の測定にはICP-AES(誘導結合プラズマ吸光分光法)を主として用いていますが、その精度や品質管理の観点から、別の安定した方法での評価が求められています。本研究では蛍光法による誤差の少ない簡便な血液ホウ素濃度法の確立を目指しています。

3)SC-ICP-MS解析法の開発(パーキンエルマーとの共同研究)

 ホウ素中性子捕捉療法では、細胞の1つ1つにホウ素製剤がどの程度取り込まれるかが重要となりますが、これまで細胞1つ1つのホウ素濃度を測定する方法はありませんでした。そこで当センターでは近年開発された細胞ごとの金属元素の濃度を質量分析法によって測定する技術を応用して、細胞内のホウ素濃度を測定する試みをおこなっています。

4)LAT2阻害剤を用いた正常細胞の救済によるBNCT治療力価の向上(科研費)

 ホウ素中性子捕捉療法で最も多く臨床に用いられているホウ素製剤はBPAですが、この化合物はアミノ酸のフェニルアラニンに構造がよく似ているためアミノ酸トランスポーターから腫瘍細胞に積極的に取り込まれます。しかしながら正常細胞には腫瘍とは異なるアミノ酸トランスポーターLAT2が発現していて、腫瘍細胞ほどではありませんがこのBPAを取り込んでしまい、副作用が生じる原因となってしまいます。そこでLAT2を阻害する薬剤を用いることによって、正常細胞のBPAの取り込みを阻害することで副作用を減らし、そのぶん線量を増やすことで治療効果の向上を目指しています。

5)次世代シーケンサーを用いたホウ素中性子捕捉療法の治療パラメータ推定法の開発(武田振興財団研究助成)

 ホウ素中性子捕捉療法の有効性はすでに膠芽腫や頭頸部癌で認められていますが、その他の多くのがんに対してはまだ有効であるかどうかが分かっていません。この治療が適応かどうかを結論するには、気の遠い細胞実験・動物実験が必要な状況です。この状況を打開するために、ホウ素中性子捕捉療法の有効性のを、次世代シーケンサーをもとにした遺伝子発現データと機械学習により予測するスコアリングの手法を開発しています。この方法が確立すれば、今までに検討されていないがん種についても、病理で取り出した腫瘍組織から簡単に治療適応を判断することができるようになります。そしてゆくゆくは血液検体をもとに、つまり採血のみでこれを可能にすることを目指しています。

6)新型加速器を用いた生物実験システムの評価(青森県量子科学センター)

 ホウ素中性子捕捉療法の研究を行うことのできる施設は現在非常に限られています。このたび国際核融合炉計画ITERの人材育成を目的として施設が開設されました。当センターは青森県および弘前大学からの要請を受けて、同施設に設置された加速器型ホウ素中性子捕捉療法装置を利用した細胞実験及び動物実験のプロトコル策定に携わっています。

7)頭頸部がんに対するホウ素中性子捕捉療法の簡易適応評価法の確立・線量計画の最適手法の確立(日本放射線腫瘍学会研究課題承認)

 ホウ素中性子捕捉療法に用いる中性子ビームは組織中に入ると次第に弱まってしまうため、皮膚から深部7cm〜8cm以上では有効な治療が出来ないことが分かっています。また正常組織のうちで治療の副作用が生じやすい組織の線量で照射量が定められるので、患者さんにどの方向から照射するかによっても、その有効な治療深度は変化します。このことがホウ素中性子捕捉療法の適応について判断することを難しくしています。そこで当センターでは、病巣の部位ごとの治療方法をパターン化することによって、病巣部位と深度との関係から簡易的に適応を判断することが可能になる方法の確立を目指しています。
 治療プランの設計においては口の中の粘膜を基準にした処方線量の決定がなされますが、この粘膜の定義については不明確な点が多く、同じ患者さんに対しても施設ごとに異なる治療プランが立てられてしまうことが問題でした。そこで当センターでは、治療品質を均一化するために、粘膜の定義を明確にかつ簡便に定義する手法の確立に向けて検討を行っています。これは日本放射線腫瘍学会研究課題承認を受けて実施しています。

8)患者固定法・セットアップ誤差予測法の開発(科研費)

 頭頸部がんに対するホウ素中性子捕捉療法では、患者さんに椅子に座って治療を受けていただきます。このとき壁に設置された中性子ビームの放射されるビーム口に患部できるだけ近づけて固定をするのですが、診断時のCT画像でプランされた姿勢とビーム照射口と患者さんの位置関係が大きくずれる場合があり、最終的な治療の品質が低下してしまうことがあります。治療の品質はすぐさま治療効果に反映されてしまいますので、これを避けなければなりません。当センターでは、診断のCTで作成された治療プランと実際の患者体位とのずれを事前に予測して、両者の間での乖離がないようにするための誤差予測法の開発を実施しています。

9)新規機能性材料を用いた新しい患者セットアップ治具の開発(科研費)

 線量が不足してしまいやすい、患者さんの皮膚表面の中性子量をコントロールし、なおかつ患者さんの固定に適した、新規機能材料を用いた新しいセットアップ治具を開発しています。